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「音楽は、自由な野の鳥」中村天平 2010年初コンサート(前編) [コンサートやライヴで感じたこと]

20100107天平①.jpg



「音楽は、自由な野の鳥」と、表現したのは評論家の吉田秀和さんだった。のっけから引用して
恐縮だけれど…、

カルメンじゃないけれど、音楽は、恋と同じ、自由な野の鳥であって、楽譜がなければ成り立た
ないが、その籠に無理に閉じ込めると死んでしまうのだ。「だからこそ、すべての原譜になる正
確な楽譜が絶対に必要なのだ」という議論はもちろん正しい。でも…(略)(引用ここまで)

『之を楽しむ者に如かず』(新潮社)より

この日(2010年1月8日、表参道カワイ「パウゼ」)の中村天平さんの音楽をきいて、吉田さんの
「音楽は、自由な野の鳥」という言葉が、心に浮かんできました。

約2時間繰り広げられた中村天平さんの世界。その中に「
Like a Bird」という名の音楽があった。

♪♪♪

鳥の様に自由に、それが僕の生きる源。
しかし成功への道を歩み始めようとした時にそれと供に失う物が多くあります。…(略)…
作曲に集中する為にカーテンを閉め切り、今が朝か夜かもわからず一日中部屋に引きこもり、
誰も訪れる事のない牢獄の中でアルバムの曲達を作曲していました。…(略)…
泥沼の中から翼をバタつかせて抜け出そうともがく様、その泥沼から抜け出した先には応援者、
協力者、ファンが待っていてくれた事に改めて気付いた感動を表現しました。
ありがとう(引用ここまで)。

これは、セカンドアルバム『翼(TSUBASA)』(TOCP-70809)に収録されている中村天平
さんご自身が
書かれた「Like a Bird」の作曲時の心象風景です。

そして、もうひとつ。また吉田さんから引用してみましょう。

私が、特に言いたいのは…音楽を楽譜に定着させるということが、いかに難しいことかである。
音楽を作る現場(筆者注:音楽を演奏する現場ではない)を少しでも見聞したことのあるものは、
極端な言い方をすれば、楽譜はあくまでもそれに忠実であらねばならぬ原典であって、しかも、
その場の状況によっては、楽譜そのものを変えてしまう必要に迫られる状態に陥ることがあると
いうことである(同じく『之を楽しむ者に如かず』から引用)。

「僕の曲には楽譜がないんですよ」

とは、大いに盛り上がった後半、質問コーナーで、聴き手が質問した「楽譜を出版してください。
天平さんの『フレイム』を弾きたいんです」に対する天平さんの答えです。


♪♪♪

僕の曲には楽譜がない。
だからといって、即興で弾いているわけじゃない。部分的にちょっと変えて弾く場合もあるには
あるが、それはほんの一部。ほとんどの曲は、作曲したときに作った通りに弾いている。
「いったいどうやって覚えているんですか?」と疑問に思う人もいるだろう。
これが、不思議と覚えようとしなくても覚えられる。鍵盤に触れる指の感覚、視覚、聴覚などを
総合して覚えている。複雑で忘れそうな曲は録音しておく。聴けばすぐに思い出す。…(略)…
そんな感じで、今の段階では楽譜がなくても不自由していない。でも、四十代半ばくらいなった
ら、すべての曲の楽譜を書くかもしれない(引用ここまで)。

昨年11月に出版された天平さんのエッセー『ピアニストになるとは思わなかった。』(ポプラ社)
からです。ピアニスト・作曲家を名乗る人から見ても、この発言は、ちょっと驚異的なことでは
ないかと僕は思いますよ。当たり前だけれど、自分自身も「再現」できぬ「チャラ弾き」などで
はありません。自分の「意」を音楽に託して、極め切った即興を、身体に定着させている感覚。

「再現性」があるところに、ジャズの「アドリヴ」とは少し違うことがわかりますね。僕がこの
話を聞いてイメージするのは、ピアノ協奏曲4番初演のときのベートーヴェンのエピソードです。

即興の名手だったベートーヴェンは、自分にしかわからない文字や記号だけを記したソロ楽譜で、
この作品を初演したらしい。もちろん、オケなど共演者のパートは、楽譜がないと演奏できない
ですから、きっちり書いていたはず。つまり、ベートーヴェンは、「頭の中に入っている」即興
を、僅かな記号を頼りに「再現して」弾いた、という具合でしょうか?

ベートーヴェンは、モーツァルトの協奏曲20番に、優れたカデンツァを残していますね。カデン
ツァ(≒即興的演奏)というよりも、あれは立派なひとつの作品です。つまり、当時の聴き手が
「テーマ」を出して即興演奏で応えるという…ベートーヴェンの「即興演奏家」としての素地が
発露した音楽なんです。何度も何度も即興をしたと思う。人とも競ったと思う…そんな活動…。

ここで、みたび、吉田さんに登場して頂きます。

楽譜通りにやることを目指して一生を捧げているかのような人のことをとやかくいう気は全くな
いのだが、そういう人たちと自分の創意を音楽に託したいと考えてモーツァルトをひいている人
たちとの間には大きな距りがある。…(略)…
モーツァルト自身も、前にもいったが、同じ曲をいつも同じにやったとは限らない。今という時
代は、音楽にもつ可能性の大きさ、そして再びそれを見出した時代でもあるのだ。
ああ、音楽!(引用ここまで)。

『之を楽しむ者に如かず』から

ベートーヴェンは、明らかに「自分の創意」を音楽に託したいと考えてモーツァルトを弾いた人。
では、天平さんは!

並べて書くことをお許し頂きたい…ですが、彼は「自分の創意」を音楽に託して、自らの音楽を
弾く人で、楽譜の定着の時機を、未来に予定している音楽家なのです。
ああ、音楽!

僕は、吉田さんの音楽をきく感覚…「自由な野の鳥」とされた…その感覚が、天平さんが用いた
「鳥の様に自由に…」に似ていることに驚くと同時に、吉田さんのちっとも「古びない感性」に、
そして、天平さんの音楽に対する純粋性に、底流を流れる本質の一致を感じるのです。

昨日と今日と、誰と誰との演奏を比較して、

スラーがこのようにかかった、

「ハ」を「嬰ハ」に弾いた、
シンバルがあった・なかった、

これらは、音楽の「部分」ではないか? と僕は感じるのです。

もちろん、それらの全てがどうでも良いことではありませんよ。ただ、音楽の「生命なる部分」
について、もっと大事なことを、僕に教えてくれた音楽家の一人が、中村天平さんなのです。

(続く)


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ひとみ

ヒデキヨさん、こんばんは!

更新して頂いて、すっごく嬉しいです。ありがとうございます。
続編、楽しみにしております。
by ひとみ (2010-01-12 18:17) 

まゆ

天平さんは村松王子と二歳違いなんですね~見た目は王子と正反対ですね。K1の選手かと思いました。プロフィールがまた面白いですね~ピアニストなのに元、解体屋って~。

早速、曲を聴いてみました。
いい意味で見た目と違う!!

日本の若手ピアニストには優秀な人材がまだまだいらっしゃりそうですね。ヒデキヨさんまた色んな方を紹介してください。

by まゆ (2010-01-12 23:05) 

音楽っ子

ヒデキヨさん、こんばんは。前回温かいお返事を有難うございます。どうも長くなってしまって…汗。

天平さんは、紆余曲折を経て、天命に辿り着けたのですね。(笑)演奏を聴きよかったなぁと思いました。誰もが自分の人生について悩み、葛藤し、最後には自分で切り開いていくのですね。

この方の言葉からも、作曲される方の音楽を作り出す過程は、大変なのだと感じました。でも「Like a Bird」という言葉、素敵です。音楽は鳥のように羽ばたくのですね。素敵な音楽に出会った私(聴衆)の心もいろいろな世界に羽ばたきます!

たくさんの曲を暗譜して演奏される方を観て、いつも不思議に思っていたのですが、文中の「感覚・視覚・聴覚などを総合して覚えている~。」を読んでよく解りました。

続きも楽しみにしております!


by 音楽っ子 (2010-01-16 19:07) 

ヒデキヨ

ひとみさん こんにちは

ひと月ぶりのお返しとなります
やっと 続きを書いてみたくなりました
明日あたりにでも 書くことができれば…と思います
by ヒデキヨ (2010-02-11 12:51) 

ヒデキヨ

まゆさん こんにちは

まゆさんのコメントは 素直というか 率直で飾らないところが
好きです

>~ピアニストなのに元、解体屋って~。

ここについては もし 書くことができれば何か書いてみたい
気持ちもありますが…今書けるのは
天平さんにとっては 必要な人生経験だった ということです
by ヒデキヨ (2010-02-11 12:54) 

ヒデキヨ

音楽っ子さん こんにちは

>最後には自分で切り開いていくのですね。

本当にその通りで 今までもこれからも天平氏は そのつもりで
ご活動をされていくことになります

暗譜のスタイルは 人それぞれです
アルゲリッチのように 前日に楽譜を読んで覚えてしまって 
それで名門コンクールの予選を通過してしまう という人もいます

ここが人間の不可思議なところなのでしょうが
「何か」が 手助けしている そんな気もします
いわゆる神懸かり的な演奏というところでしょうか

もちろん 圧倒的な努力を 「自己の試練として受け入れて」
続けているから なのですが
by ヒデキヨ (2010-02-11 13:03) 

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