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中村天平、TEMPEI CONCERT TOUR 2009.9.12 [コンサートやライヴで感じたこと]

中村天平②.jpg

以前皆さんにご紹介した中村天平さんのコンサートへ(2009.9.12浜離宮朝日ホール。過去記事はこちらへ)。

いつものクラシック音楽のリサイタルと違って、TVで見たことのある芸能人がお客としてあちこちに。

クラシックなら、静かで行儀良いはずの開演前にひそひそと声が。リストが開いたリサイタルのときもこんな風?

今創造された音楽が、今を生きる聴き手を伝わって歴史に刻まれていく。まさに、同時代の音楽として。

音楽そのものが大好きな人にぜひ聴いていただきたい、アーティストの一人です(ツアー日程は→ココです)。

中村天平09コンサートプログラム.jpg

浜離宮にある朝日ホール。僕にとって、このホールでの一番の想い出は、オリ・ムストネンという頭脳明晰で大胆な演奏をするピアニストのリサイタルでのできごと。築地市場に近い、つまり海がすぐそこの場所に位置するこの会場で、リサイタル中に地震を経験した。それも、海側から「ゴーッ」という恐怖の地響きを伴って、とても揺れた。ムストネンが弾くピアノも舞台上で揺れた揺れた。それでも彼は演奏をやめなかった。いや、鍵盤を抑えながらしがみついていたのか。でも明らかに動揺していた。弦も切れた。余震もあった。少ないお客が、僕も含めてちょっと騒然とした。

今日の中村天平さんのコンサートは、そんな浜離宮のホールでの苦い想い出を、吹き飛ばしてくれた。

赤いTシャツとジーンズ、スニーカーで現れた中村天平さんは、いきなりマイクを持って喋りだした。「『つばさをもがれたとり』(翼をもがれた鳥)というタイトル(イメージ)で即興演奏をしたい」と。プログラムにない作品でスタート。顔つきがいつもと違う。何かイメージが降りてきたか? ショパンは、内輪の音楽会で、突然、即興演奏をしたに違いない。そんなことを連想させる楽しさを僕は感じる。音楽は楽譜が先か? 音楽が先か? 音楽が先に決まっている。

左手から始まる曲は、(僕自身の理解を助けるために)敢えて書けば、サティ「グノシェンヌ」のような雰囲気。どこかシュールで、暗闇の中を飛ぶ一羽の鳥。不協和と協和、動と静、希望と諦めで音楽を織りなしてゆく。途中僕は、「いつまで即興が続くのだろう?」と無用の心配をして「はっ」と気づく。鳥が翼をもがれ、ゆっくりゆっくりと、旋回しながら落ちゆく様子を彼は音楽で描いていたことに。鳥は最期、海に吸い込まれ…地球に還る。そして『処女航海』へ。

希望と躍動感に満ちた作品が『処女航海』。冒頭の即興が「死」あるいは「生贄(いけにえ)」もしくは「孤独」が、その音楽の核ならば、こちらは「生命の飛翔」。だが、それを上っ面な音楽で表現しない。絶望…いや、立ちはだかる大きな壁。その壁を必ず乗り越えてやる! という「覚悟」を、音にすることを忘れていない。「天平節」が随所にちりばめられて、決意のff(フォルテッシモ)で、音楽を終える。

『二人の朝陽』は、夫婦の朝。朝起きて、会話するともしないとも…「おはよう」ぐらいはして…でも、心は完全に通いあっている夫婦。花へ水をやったり。窓を開けて空気を入れ換えて…何気ない幸せに満ちた、二人の日常風景を音楽として描く。いたって穏やかな旋律とピアノの音色が、集まった聴き手に溶け込み始める。次に演奏された『リスの口づけ』が…気の利いたことが書けないけれど…甘さいっぱいの親密なメロディーで、最初の即興作品で、身構えるしかなかった聴き手たちの緊張が完全にほぐれる…そんな空気を、僕は感じた。

『ホライズン』も、先の『処女航海』も、作曲家自身による解説が書かれているけれど、その『ホライズン』。オクターブの最速連打によるffの後に訪れた静寂さ。そに現れたのは、余りにも大きい、大き過ぎて「畏怖」を感じさせる太陽。焼けつくような光線…そこを、僕は気に入った。『音の翼』は、ご本人が書かれたプログラムから借りると、「ピアノ、音楽というのは僕にとって翼です。ピアノがなければ何も出来ないただの男ですが、ピアノのお陰で僕は色んな場所、国、想像の中の世界を飛び回ることができます。それを表現している音の翼」。

休憩を挟んで、「夏」の雰囲気をテーマに即興演奏。「夏が大好き」な中村天平さんは、「夏が終わるとすぐに次の夏がやってこないかな」と思う。そんなことを聴き手に話しかけて弾き出された即興演奏は、山々の静けさ、木々の息づかい、人を優しく見守る空…を表現した静寂な雰囲気で会場をまず包む。清流に泳ぐ山女(やまめ)とか岩魚(いわな)といった、鱗のきれいな川魚たちと遊ぶ風景を通り過ぎて、空は曇り、元気良くさえずっていた鳥たちは、もうそろそろ別れを告げる声に。いつまでも、いつまでも続く落日の景色をゆっくり丹念に弾き、夜のきらめく星空を、最後の最後まで、夏が終わるのが心から惜しいように…弾く。

『雪のリズム』。クラシック音楽好きならば、ドビュッシーの『子どもの領分』から『雪は踊っている』を想起するに違いない。僕が、この『雪のリズム』を聴いて感じたのは、50年後にいるはずの、ミケランジェリのような存在のかつての大ピアニストが、この作品を取り上げて、どのような解釈を与えて演奏をするのだろうか? ということ。50年後は、僕はギリギリ生きているだろうか? きっと、その歳ならば、聴覚もかなり衰えているだろうけれど、作曲家自身の演奏と比べることのできる楽しみ…未来にそんな可能性があることに…を、僕も、今日集まった聴き手たちも、得たことに静かに感謝。

『幻想曲』。やがて、2番、3番の『幻想曲』が、これから将来、出てくるに違いない。中村天平さんを1年前に聴いたときよりも、音楽がとてもとても大きくなっていたから。それに、本日のベーゼンドルファー、とても貢献していた。

『一期一会』と『フレイム』がアンコール。その後、聴き手とのトークを楽しむ時間がセッティングされ、いくつかの質疑応答の後、天平さんのファンだという76歳の母親を連れて来られた親孝行な方が「母のために何か言葉をかけてください」といえば、「では音楽で応えます」と。アーティストとしての生き様、芸術のありよう、音楽をつかった表現は、「間違った」「正しい」が機軸になってしまった「今の」クラシック音楽の世界では、なかなか出会えない楽しみのひとつではないだろうか? 自身の母親と重ね合わせて、感涙する人もいた。静かに聴かなきゃダメではなくて、静かに聴かざるを得ない状況…それでも咳でむせる人がいた。それは心身の強烈な変化が起きているのだろう。本当に仕方のない、つまり生きている証…がそこにある。そして、大げさに書けば、それは、再現芸術として発展しつくした感のある「クラシック音楽」が、創造芸術として回帰するかのような瞬間でもあった。もしくは、クラシック音楽の歴史の一場面であった「現代の音楽(≒20世紀の音楽)」から「次世代の音楽」への転換を目撃する思いでもあった。

では転換とは。

頃、講談社エッセイ賞を受賞された、ピアニスト・文筆家の青柳いづみこさんの『六本指のゴルトベルク』の『現代音楽はお嫌い?』から、印象的なシーンを少し引用してみましょう。

シンボリックな表現だから直感でわかるが、あえて解説しようとするなら、要するにそれが音楽としては見事に構築されていても、人間の個人的な感情や感覚に訴えるようなものではなかったという意味だろう。ガイイ自身の表現を借りるなら「音楽理論が爆発的な進展を遂げた」結果、二十世紀音楽は、少なくとも「涙にくもる眼差しを空にむけ、私的な嘆きの歌をうたう」ようなものではなくなっていた。

だからといって良い作品ではないとか、美ではないとか言うつもりはないが。(引用ここまで)

クラシック音楽の、次の時代に向けた音楽として新たな潮流を創り始める…その橋渡しの時代に、彼らも僕らもいるのかもしれない。もう時代は21世紀。1世紀前の音楽を「現代の音楽」と捉える「伝統的」クラシック音楽家たちは、いつまでそれに縛られている気なのだろうか? と僕は感じる。音楽大学…特に作曲…は、もうそろそろ変わらねばならないのでは?

変わったからといって、12音技法の大家たちが歴史からなくなるわけではないでしょう。

いつの日か、浜離宮朝日ホールでさえも、超満員になる日がやってくるのを僕は祈りたい。

何を、そんな小さなことを祈るのか…と思われる人がいるかもしれない。けれど、クラシック音楽好きは、中村天平さんに対して、見向きもしない人が多いと思う。そして、ロック好きは「クラシックでしょ」といって敬遠するかもしれない。ジャズ好きには、最も接点がない懸念を持つ。音楽が好きな方に、ぜひ足を運んでいただきたいのです。「同時代音楽」の目撃者の一人になっていただければと、僕は、心から願い、そのように感じます。

チック・コリア=天平「スペイン」でエンディング。

クラシック音楽をみなさんに。Classical Music Cafeへようこそおいでくださいまして、ありがとうございます!


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キャシー

天平さん…覚えています…CD探さなきゃ…
12日、雨凄くなかったですか?
by キャシー (2009-09-13 19:43) 

ruriy

おはようございます。
お久しぶりの訪問で、こちらこそごめんなさい。
クラッシック好きですね~。新しいクラッシックもいいですよね。
こちらを拝見していて、コンサートに行きたくなりました。
天平さんの次の公演に行ってみたいです。
by ruriy (2009-09-14 08:44) 

youzi

この方を見ていると、あきらめないと
道は開けるんだって思いますね。
by youzi (2009-09-14 11:27) 

ひとみ

ヒデキヨさん、こんばんは。
11月20日のコンサート、ますます楽しみになりました。

私、天平さんの写真も好きなんです。(笑)
ハッと息を呑むようなイメージが切り取られてる。
音楽も、イメージの連続、写真集を見ているような
気がします。
by ひとみ (2009-09-14 22:27) 

oko

ご訪問&コメントありがとうございます。
音楽は心を豊かにしてくれますよね♪
by oko (2009-09-15 07:07) 

luces

クラッシックはあまり馴染みがありませんが
チックコリアのスペインは好きです。
by luces (2009-09-16 01:09) 

江州石亭

即興で音を綴る能力だけは持って生まれたもののように思えます。
それを突然思い立って表現すること自体更に稀有の才能だと畏敬します。
ないものねだりですが、そういうのがひとかけらでもあれば・・・
あってもどうにもなりませんけれどね^^
by 江州石亭 (2009-09-20 08:23) 

ヒデキヨ

江州石亭さん

おはようございます コメントありがとうございます

>それを突然思い立って表現すること自体…

言い当ててくださってありがとうございます

即興もやろうと思ったら 実は誰でも できるのかもしれないですが
「ちゃら弾き」ではなくて 即興で感銘を与えるのは難しいですね

それが後世に残す作品を即興でやってしまった(ショパンなど)…
まさに神懸りだと感じます
by ヒデキヨ (2009-09-24 07:09) 

ひとみ

ヒデキヨさん、こんばんは。
生天平さん、すばらしかったです!
右脳を刺激する音楽、イメージが次々と差し込みました。
そして、クリアだけど、ぐっときますね。
by ひとみ (2009-11-12 23:06) 

ひとみ

ヒデキヨさん、こんばんは!

ツアーファイナル、行ってきました。
今日は、前方左側の客席で、後姿を拝見したのですが、
音と、弾き姿に、惚れぼれホレボレでした~。

ヒデキヨさんのブログのおかげで、素晴らしいアーティストと
出会えました。心から感謝申し上げます。




by ひとみ (2009-11-20 23:40) 

ヒデキヨ

ひとみさん

良かったです そう書いてくださると…

天平さんの才能は 天から与えられたものです
あのテクニックの冴えは にわかでは身に着きません

でも 僕はこの日行けませんでした
ブッキングすることが多くて 違うのに行っておりました…
それはまた…書きます
by ヒデキヨ (2009-12-05 23:55) 

ヒデキヨ

カワイシゲルさんのピアノが 本当に高性能でした
非常にらくらくとピアノを運転をしている天平さんが そこにいましたね

そして 今度こそ お姿を見たら 声かけますね

12.9(水)辺りかな…
by ヒデキヨ (2009-12-05 23:58) 

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