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秋一夜の音楽会 2009.9.19 [コンサートやライヴで感じたこと]

音羽会館.jpg

ここは音羽御殿。またの名を鳩山会館といいます。そう…ご存知第93代内閣総理大臣鳩山由紀夫氏の祖父で、

かつてこの国の首相であった一郎氏が、鳩山家の洋館として建築。それは大正13年のことだそうです。

現在は、記念館となっている建物の大広間で、日本のクラシック音楽好きならきっとご存知のお二人の音楽家が、

心温まる音楽を届けてくださいました。それも、創意と工夫と真剣さと、力の抜けた和(なご)みで持って…。

音羽会館大広間.jpg

クラシック音楽をみなさんに。Classical Music Cafeへようこそ!

お二人の音楽家は、ソプラノの豊田喜代美さんとギターの荘村清志さん。

豊田さんは、特に1980年代では、常にどこかのステージに立たれていらっしゃった。ソロに、オペラに、オーケストラの定期公演に…まさに八面六臂の大活躍。二期会会員。1984年にはサントリー音楽賞を受賞されています。

荘村さんは、1974年に放送されたNHK教育テレビ「ギターを弾こう」の講師。かつて「お茶の間」があった時代には、本当によくお名前の知られた、人気のみならず日本のクラシックギターの第一人者です。

ほとんどプライヴェートな集まりの…豊田さんご自身、「シューベルティアーデ(シューベルトの親しい友人が囲んで開いた小さなコンサート)のような雰囲気で音楽を分かち合いたい」と仰っていた…コンサートをご紹介くださったのは、荻窪でかん芸館というホールを営むKさんから。Kさんに感謝。さて…、

僕ら夫婦を数えても70名に満たない人が着席した大広間で、最初に歌われたのは、「なつかしき愛の歌」(Love's Old Sweet Song)。荘村さんの実演に僕は初めて接するけれど、「音楽を聴かせてやる」という感覚が全くない!静かに響きわたるギターの弦の上を、豊田さんは滑らかに歌を載せていき…「ダニー・ボーイ」(Danny Boy)では、我が子を思う愛情を切々と歌う。親しみある二つの作品のどちらもが、日本語で歌われたおかげで、ある種の「堅苦しさ」が静かに消えてなくなり、歌い手と弾き手と聴き手との心の距離が、ぐっと近づく。

続いて荘村さんが、スカルラッティのソナタL.352を、ナチュラル・ロマンティックに奏でる。それにしてもギターは面白い楽器。ピアノだったら、過度な表情になってしまうはず…というメロディーの歌わせた方…なのに、そんな「大味な」雰囲気は微塵もなくて、慈(いつく)しむように愛でられた旋律を、心に染み込ませながら味わう感覚に驚く。トリルですら、音符の間に愛情が包まれていて、力技とは無縁な世界がここに!

トスティ「はるかに」(Lungi)、ベッリーニ「よろこばせてあげて」(Ma rendi pur contento)、ヘンデル「樹木の陰で」(Ombra mai fù)と「泣かせたまえ」(Lascia ch'io pianga)、カッチーニ「アヴェ・マリア」(Ave Maria)では、再び舞台に戻って来られた豊田さんが、とても素敵な演出…いや聴き手の側を向いた「おもてなし」…が、自然体に振舞われていて、素晴らしい取り組みだったなと今でも想い出す…

それは…歌い始める前に、詩の意味を豊田さんの美声で聴き手に伝え…「翻訳を伝える」だけなのに、まるで小さな物語のように聴き手に語るのです…イメージを膨らませた後に、カルドゥッチのイタリア語訳詩に、トスティが作曲した「はるかに」を歌う。こんなに心のあるやり方に、今まで僕は出合ったことがなかった。字幕装置や歌詞対訳付きプログラムよりも遥かに目の前に情景が浮かぶ見事さ!

休憩を挟み、荘村さんがタレルガ「アルハンブラの想い出」、アルベニス「グラナダ」と「アストゥーリア」の名曲を弾く。若いときの荘村さんは熱血漢で、もし、荘村さんがその情熱と行動と信念で動かなければ、創造されなかっただろう武満徹さんのギター作品(「フォリス」など)があるほど。スペインでの楽しいお話しを間に入れながらされた当夜の演奏では、情熱は心と年輪の深奥に隠れていて、むしろ繊細な曲線美をもった多彩な光を放つ、ガラス工芸品のような仕上げを…固唾を飲んでじっと目と耳を集中している聴き手の表情ともあいまって…僕は聴き入る。

そう!「秋一夜の音楽会」に集まった人たちの、聴き入っている表情も素晴らしかった。豊田さんと荘村さんが、次に聴かせてくれたのは、ロドリーゴの「4つの愛の歌」(4 Madrigales amatorios )。ロドリーゴが幼い頃に失明したことを克服して作曲を続けていったことに少し触れて、前半と同じように「4つの愛の歌」の物語を語った後、豊田さんの風のようなスペイン語による歌が空間に満たされる。この作品では、目を閉じて音楽を楽しむ人が多かった。

当夜の数日前、コンサートでお姿を見かけることの多い評論家A先生に「豊田喜代美さんを聴きに行くのですよ…」といったら、「エッ?」という感じで少し驚かれた。その驚きの表情の向こうには、音楽家の中でも特に声楽家は、自分の肉体を酷使するアスリートであって、どうしても年齢とともに衰えていく…という通念があることを隠さずに正直に出されたお顔と、僕は感じた。けれど、プログラムにこのように書いてあった。豊田さんの華やかな経歴の後に、

「2009年からボイス・コーチ(ウィーン)とのトレーニングにより声質のメタリックな音色が磨かれ、声域を広げた」と。

50歳代になってから北陸先端科学技術大学院大学・知識科学研究科に入学。音楽家の活動を行いながら同大学院大学修了.修士.博士[学位論文:クラシック音楽歌唱における知識創造モデル-スキルサイエンスから接近]をはじめ、「共鳴に効果的なノドの作り方に関する一考察」も研究発表。今年は「貴志康一生誕100年記念演奏会-尾高尚忠と共に」といった、良く考え抜かれた、素晴らしいご活動を展開される。

「貴志生誕100年演奏会-尾高尚忠」は、10.26(月)13:30かん芸館と11.19(木)18:00芦屋ルナ・ホールで。

荘村さんは、これまた荘村さんらしい情熱的なやり方で、08年にスペインのビルバオ交響楽団の定期演奏会に出演。地元の聴衆から熱狂的歓迎を受けたと同時に、初めて名曲「アランフェス協奏曲」を録音。このとき荘村さんは、何と61歳。気持ちが通じ合うスペインのビルバオ交響楽団の、2010年来日ツアーのソリストにも決まっている。

荘村さんは最近こんなことも仰っている。

「年をとると感受性が鈍るというのはウソ。若いころより今のほうが世界がきらめいて見える。同じ楽譜を見ても、もっといろんなことが感じられる。10年後は、もっと自由な気持ちで楽器を手にしていると思う」

『asahi.com』2009年7月11日記事より

大きな想い出に残った小さな「秋一夜の音楽会」。


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コメント 4

orange

いつも訪問いただきありがとうございます。
記事は紹介としてでなくいつも前かがみに鳴る胸のうちのリズムを感じながら読ませていただいてます。
わたしには学がなくマナーもないから・・・触れる機会の少ない会が どこかで今夜もあるんだと思うだけで気持ちが豊かになっています。
すばらしいですね。

by orange (2009-10-15 06:22) 

ciscokid

こういう解説を聞きながらの音楽会だともっともっと
クラシックに対して興味がわく事でしょう。
by ciscokid (2009-10-15 14:46) 

ヒデキヨ

こんにちは orangeさん

ありがたいコメントに感謝申し上げます

>学がなくマナーもないから・・・

日本は 輸入音楽であるクラシックが定着した国です それはそうなのですが
今度は 受容している人たちが変化していく段階かなと感じます

クラシック音楽には orangeさんがそのように感じてしまう 「何か」が
やはり ありますよね 

自分が聴いてみてどう感じたか? そこを優先して受容していくことが
本当は大切なのです でもその前に どうしても マナーと知識がなければ
絶対ダメという気配が ぷんぷんしますね

そんな時代に 僕たち「クラシック好き」な聴き手が ちょっとでも
「聴き方の尺度を変える」それを 個々でやっていくことが 大事と
僕は 最近痛感します
by ヒデキヨ (2009-10-22 12:39) 

ヒデキヨ

こんにちは ciscokidさん

本当ですね

音楽家は演奏するマシーンではありません もし そうだとしたら
静寂なる我が空間で 装置で聴けば済みます

音楽と弾き手と聴き手とが その場で溶け合うような感覚があるからこそ
集まって聴く という古めかしいやり方が存在する と僕は感じます

純粋に音楽のみで 溶け合うことができる弾き手と音楽作品もありますが
どうしても それでは不足する場合も ときどきあります

結局 音楽の芸術を 弾き手がどのように捉えるのか? それが
ステージに現れるのだと 今の僕は感じます
by ヒデキヨ (2009-10-22 12:52) 

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