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ジャン=ギアン・ケラス バッハ:無伴奏チェロ組曲選集 2009.9.27 [コンサートやライヴで感じたこと]

ジャン=ギアン・ケラス20090927.jpg

チェロの名手、ジャン=ギアン・ケラスさんが弾くバッハ無伴奏に触れるために所沢市民文化センターへ。

実は、僕にとっては、ケラスさんというチェリストは、ずっと「謎」のような存在だったのです。

今日、彼の実演を耳して、かなりわかった気がしました。それにしても…立派なホールの施設に到着すると、

刀(もちろんおもちゃの)を2本脇に差した頭髪が緑色の人や、全身が空色の忍者姿の人たちと、すれ違った。

コスプレを楽しむ集い? があったらしいけれど、何とも不思議な感じ。バッハとコスプレ…ふと思ったのは、

一時流行ったダンス(中には卑猥で禁止になったものある)の「形式」を使って、純粋音楽として昇華させたのが、

バッハの無伴奏チェロ組曲。後世に残る芸術創造の素材に、いつか「コスプレ」が用いられるかも…もしかしたら。

この日のプログラムにはなかったですが、ケラスさんの弾くバッハの無伴奏チェロ組曲3番からをどうぞ

クラシック音楽をみなさんに。Classical Music Cafeへようこそ!

「謎」の理由を書くと、それは「あまりにも上手なチェロ弾きが、何の脈絡もなく、突如として僕の目の前に現れた」からである。「脈絡もなく」とはいっても、実は、手元に、ミュンヘン国際コンクールチェロ部門、入賞者による演奏のテープ録音が(たまたま)ある。カセットの小欄に、デュティユー:無伴奏チェロのための「ザッハーの名前による3つのストローフェ」(独奏:ジャン・ギアン・ケラス(第3位/フランス)と。1986年の放送。他に2位入賞のハイドンやドヴォルザークの協奏曲もテープに収めているのだけれど、僕は、ケラスさんの弾く演奏にだけ「丸印」をつけていた。その理由については、全く忘れてしまった。曲が良かったのか、演奏が良かったのか。ともかく、そのテープを改めて聴いてみると、コンクール入賞者演奏にありがちな「領域」とはかけ離れた「芸術」を既にやってのけていて、聴き手は大きな拍手を盛んにおくっている。

その後、ピエール・ブーレース氏のアンサンブル・アンテルコンタンポランに、めっぽう上手いチェロ弾きがいる、という話しをどこかで、誰かからきいた記憶もある。だけど、「3位入賞」も、現代音楽で「めっぽう上手い」というのも、大勢いるではないか? ということで、彼を特別に熱心に注目していなかった。それよりも、この80年代後半のチェロのアイドルは、なんといってもヨーヨー・マ氏で(それは、今もそうかもしれない)、黄金時代を築いた巨匠たちもまだ健在、何よりもカザルスの大き過ぎる存在が見え隠れする時代にあって、ヨーヨー氏の風の新しさをみんなが感じていた。

そんな状況下、ケラスさんは、コダーイの無伴奏チェロ・ソナタのCDを世に出す。それは2001年の頃。どうやら、大変な桁違いの若手名人チェリストが出てきた、という噂が広がる。でも僕は内心、「確かに素晴らしい。でもコダーイではちょっとな…」と思っていた。コダーイのあの作品は傑作であるけれど、一方で、弾き手の技巧を強調させるような、つまり、必要以上に名人のように聴かせてしまう…何か特殊な工夫を封じ込めた曲…そんな気が僕はする。

その後、CDを出すたびに、来日するたびに、ケラスさんに対する聴き手たちの評判は熱気を帯びて高まり、僕からすれば、「気がつけば、そこに、尋常ならざるめっぽう上手いチェリストが、既にいた」という笑えない話になる。

先日、アルカント・カルテットのコンサートで、録音ではない実際のケラスさんの演奏に触れた。その素晴らしさは、前回拙文で書いた通り。そして、この日は、バッハの無伴奏チェロ組曲から1番、4番、2番、6番を選んで演奏する。果たして彼は、自分自身を通して、どのようにバッハを聴き手に届けたか?

特に、1番ト長調が…もう…ため息しか出ない…何を書けば良いだろう! と感じさせるくらいに、見事。

見事…それは、まず、アルマンドやクーラントの反復を、同じ品質で単に繰り返すのではなくて、2度目に弾くときは、かなりテンポを落として、陰りを加えながら、豊かな歌を聴かせてくれる。それは、ひとつの庭を、表口と裏口から眺めるような趣すらあって、光の陰陽が微妙に変化する。とりわけ、あの1番の、あのやさしいメヌエットⅡが、こんなにも厳しく、寂寥感の漂う作品でもあったことを、僕は、今日はじめて知らされた。

ときおり即興風に追加される下行の音階。それに、長めのトリル。これが、何とも気持ちの良い風を感じさせ、ただ、ため息をつくばかり。これを天才的といわずして何と表現しようか? 参った。

こんな名手に、音色がどうだとかいってもはじまらない気もする。けれど、敢えて愚筆を続ければ、上品でノーブル。逞しくもあって軽やか。潤いもあって戦闘的な張りの強さもある…つまり、全てにおいてバランスの良さがある。「バランスの良さ」…これが、僕にとって、ケラスさんという存在が「謎」だったひとつの原因かもしれない、と感じた。

旧ソヴィエト派のロストロポーヴィチに代表されるあの弓遣いと音色のセットは、聴き手を圧倒させる力と引き換えに軽やかさを失う。あるいは、フランスのフルニエに代表される、上品で粋でおしゃれであるけれど、(そのときの調子によるが)絶対に間違わない技術は、感覚の美しさと裏返しに、少しだけ損なわれている気もする。あるいは、もの凄く確かだけど音が地味な派もある。ケラスさんには、全てにバランスの良さがある。僕は、そんな全てが備わるのはヨーヨー氏だけと、一時期思い込んでいたときがあって、他にそんなチェリストはいないだろうと勝手に諦めていたから、きっと、ケラスさんの熱心な聴き手にならなかったのだろう。だが、何ともったいないことをしたか!

4番変ホ長調は、やさしく軽めに速めに弾いてみせて、長調である作品をわかりやすく伝えるが、見る見るうちに、雲行きが変わり、軽妙さから厳粛で内省の世界へと導く。聴いていて、これほどの名手が、なぜ国際コンクールで1位とはならなかったのだろう? その「謎」も聴くうちにおよそわかりかけてきた。相変わらずのテンポの鮮やかさ、即興風の歌の見事さが続く中で、何と音が極々わずかに数音「落ちる」ことがあった。それは、弓のかすれを指摘しているのではない。6番のプレリュードでも詳しく書かないけれど、何を未然に防いだかは、ケラスさんご自身が一番知るところ。それに、技術のことを聴き手がいっても仕方がない。ただ、そのときに僕が感じたのは、「ああ、この人はフルニエの流れにいる人なんだな」ということ。突然やってきた「技術の宇宙人」ではない、ということ。それで、ケラスさんの居所がわかった気がして、僕は安心できたのも事実。それに、こういった人は、いくら感動させる音楽をやっても、技術採点のあるコンクールでは、必ずしも良い結果にならない。だから彼は、室内楽で揉まれて優れた経験を積んできた。それで良いじゃないか!もし、正確に弾きこなすだけの人がもしいたとしたら、風のようなトリルも即興風の…2番のプレリュードの最後は、アルペジオとも重音ともフレーズともいえぬ絶妙な…妙技も、ここまで自然にやれるかどうかは僕にはわからない。

アンコールは、J.L.デュポールの練習曲7番。4分の4拍子、16分音符の分散和音からなる作品で、バッハの1番のプレリュードにそっくりの、洒落っ気を感じさせる選曲。最後の最後は、1番のサラバンドをもう一度。

影響を受けたチェリストは誰ですか? とケラスさんにきいてみたら、間髪入れず「ヨーヨー・マ」。次に「ビルスマ」と返ってきた。僕には、まさしく、という気持ちになったけれど。

10月2日(金)、杉並公会堂にてケラスさんの無伴奏チェロリサイタルが予定されています。

バッハ、ブリテン、カサドなどの無伴奏が並びます。ぜひお聴きになってみてください。

追記

ひとつは、フルニエもチェロのプリンスと呼ばれていたけれど、ケラスさんの「貴公子」というキャッチフレーズは、風貌からして良く似合うと思う。それに、フルニエも若いときは当時の音楽…特に、コダーイは作曲者自身から「お墨付き」をもらっていたほどの演奏だった…を積極的に取り上げていたし。実際に習ったということよりも、感覚的にフルニエの流れにいる人と僕は感じている。それから、だからといって、ケラスさんのテクニックは…僕の書き方だと、おもわしくないように感じる人もいるかもしれないけれど、全くもってそんなことはなくて…抜群の領域。


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アマデウス

無伴奏チェロ組曲第3番BWV1009が最も低音部が生かされて流麗だと思われるのですが,これを敢えてプログラムに含めていないところにケラスさんのバッハへの思い入れが窺がえる気がします。
by アマデウス (2009-10-02 12:22) 

ヒデキヨ

コメントありがとうございます アマデウスさん

なるほど…実は 聴きに行けなかった日に ブリテンなどと一緒に
3番を含めたリサイタルがありました しかし!

5番ハ短調が演奏されていないです
6曲あるうちで 深刻且つ最も低弦の扱いが妙を極めた5番
なぜ演奏しなかったのだろう…という疑問が今湧いてきました

ケラスの音程は完璧 外した箇所はなし…ですが
いつも聴きなれている版とは違っていて
半音低く(解釈で)弾いたり…と ところどころしていました
by ヒデキヨ (2009-10-11 19:03) 

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